古式エレベータ集成U



 僕が近代建築を見て回り、保存運動に関わるようになって、四半世紀ほどの時間が経過した。その間、随分沢山の名建築が失われてしまったが、それ以上に消えてしまったものにアンティーク物のエレベータがある。ドアや窓などの建具、照明器具、トイレの洗面台や便器、そしてエレベータなどは、建物が現役で使われていても、否、現役で使われていればこそ、更新されてオリジナルが失われてしまうのだ。
 本章では前章に引き続き、僕の貴重な骨董エレベータコレクションを公開したい。「古式エレベータ」の定義及び種類については、前章を参照のこと。



 

左・右:登録有形文化財である大阪倶楽部のエレベータ。最新のものに取り替えられてしまっているのだが、インジケータはオリジナルである。また、呼出ボタンの横に「合圖は短く」と書かれているのも手動エレベータ時代のものである。手動エレベータの場合、呼出ボタンは運転手へ合図を送る装置である。よって押すとブザーが鳴るので、長く鳴らすとやかましいのだ。



 

左:重要文化財高島屋東京支店のエレベータ。これは屋上にて撮影。片開き三枚扉でそのうち二枚が動き、端の一枚は実際には戸袋で動かない。手動式エレベータに非常に多いスタイルである。
右:人がカメラを構えているにもかかわらず厚かましいおばはんがへーぜんと歩いてきてフレームインしてしまった。下町の商店街ではない。日本橋高島屋である。さすが東京というほかない。ともあれ、籠扉の安全扉が写っている。かつてはよく自動扉式手動エレベータで見かけたタイプである。



 

左:見てのとおり、高島屋東京支店のエレベータ、実は手動式ではない。今世紀に入ってから、自動駆動に改造されてしまっているのだ。しかし真鍮の操作盤であり、またオリジナルのハンドル(ノッチ)も生かされている。こういう特殊な操作盤なので、自動式とはいえ運転手(エレベータガール)なしでは動かせない。
右:籠の内部。このように、籠もオリジナルのものがそのまま使われている。改造は最小限に留められているのだ。



 

左:安全扉を内側から見る。
右:途中階のエレベータホール。壁は大理石で、よく見るとエンタシスのある柱が掘り出されている。



 

左:呼出ボタンも付け柱につけられている。
右:呼出ボタンも恐らくオリジナル。



 

左:自動化されているが、片側三枚扉、うち一枚は実は戸袋というスタイルは、かつては手動式であったことを偲ばせる。不二家横浜伊勢佐木町店のもの。
右:旧横浜松坂屋(元野澤屋百貨店)。2008年秋に廃業するまで、横浜一の老舗百貨店であった。



 

左・右:旧横浜松坂屋。自動化されているが、アール・デコ様式の華麗なインジケータと、窓付きの扉はオリジナルである。



 

左:大都市の都心のデパートとしてはかなり小規模で、地方の県庁所在地のもの程度のサイズであった。よって客用エレベータは四台のみ。一階と二階のインジケータは特に華麗であった。
右:三階以上の階のインジケータはこのように比較的地味なものである。



 

左:という漢字表記がよい感じ。
右:真鍮製の呼出釦。オリジナルかどうかは微妙だが、相当に古いものであることは確か。



 

左・右:階によっては繊細な天井装飾も残っていた。



 

左・右:赤い大理石の壁は恐らく二階。非常に密度の濃いデザインのインジケータ。天井にボードが張られているのが惜しまれる。



 

左:操作盤はこのように、1970年代後半頃のものになっている。
右:これは一階。ボードこそ張られていないが、やはりこの無装飾な天井はオリジナルではあるまい。



 

左:地下はこのように非常にそっけない。扉、インジケータ、呼出釦ともオリジナルは失われてるようで、これだけ見るととても骨董エレベータだとは判らない。



 

左:横浜松坂屋。籠の内部。このような感じなので、籠及び内扉はオリジナルではなく、高度成長期に交換されていると思われる。
右:神戸、西元町の松尾ビル。いまや極めて希少となった、現役の完全手動式エレベータである。これは二階の乗り場。外扉、籠扉とも蛇腹式伸縮扉、インジケータは半円時計式という古色蒼然たるもの。大正末のビルで、当初からのオリジナルエレベータなので、同じ神戸の商船三井ビルのものと共に、我が国現役最古級の逸品といっていい。



 

左:半円時計式インジケータ。指針がぴったり一階に合っている。非常に丁寧にメンテナンスされていることが判る。
右:二階乗り場より。蛇腹扉の隙間からエレベータシャフトを見下ろす。一階に停まっている籠の天井が見えている。



 

左:一階、停止中の籠と上部を見る。インジケータの上の窓は、恐らくかつては素通しで籠が動くと見えるようになっていたのであろう。
右:一階にて。籠内の様子がよく判る。



 

左:敷居を接写。外に向けて「内外ヱレベーター株式会社」と書かれた銘板は籠側の敷居。
右:カレンダーが張られた籠内。



 

左:操作ハンドル(ノッチ)。Uがアップ、Dがダウンという原始的なもの。敷居は内外エレベータであったが、こちらはOTISとなっている。米オーティス社製の輸入品で、敷居は恐らくメンテナンスを担当した会社の名前であろう。
右:もう少し引いて撮ったもの。上の四つ窓が開いた四角い箱は、呼出装置の残骸。既に何度も説明しているが、手動式エレベータの呼出釦は、それを押しても自動的に籠が来るわけではない。呼出釦を押すと、ブザーと共に籠内のランプが点燈し、運転手に「○階で下行き(若しくは上行き)の呼び出しがある」ということを知らせるだけの道具である。それを見て、運転手が手動で客を出迎えに行くわけだ。このエレベータの呼出装置はさらに原始的で、各階の呼出釦が一つしかない。従って「○階で呼んでいる」ということだけを報せ、その客が果たして上へ行きたいのか下へ行きたいのかまでは感知しないというスタイルだったようだ。だから窓が四つしかないのである。まぁ四階建てなので、実際に複数方向への需要があるのは二階と三階だけなので、これでも十分用をなしたのであろう。



 

左・右:籠内より撮影。



 

左:本邦百貨店建築最高峰に燦然と君臨する大丸心斎橋本店。手動式エレベータは残っていないが、インジケータにオリジナルが見られる。これは北側脇エレベータのもの。
右:同じエレベータだが、階によって違うものが使われている。



 

左:北側脇エレベータ、一階のもの。オリジナルか、それとも元は針式だったのかもしれない。
右:一階主エレベータホール。オリジナルではないが、華麗な装飾扉や円形インジケータが用いられている。



 

左・右:二階メインエレベータホールの意匠。扉こそ取り替えられているが、華麗なアール・デコ様式のインジケータや照明はヴォーリズのデザインになるオリジナルである。



 

左・右:同じく四階の意匠。



 

左・右:福井県敦賀市の市立博物館(旧大和田銀行本店)には、ビル竣工当時のエレベータが静態保存されている。呼出釦は呼び鈴のような小さなもので、上行、下行は区別できない。



 

左:このように籠に入れる形で展示されている。
右:籠内にある、呼び出し装置。「昇り、下り」を分離せず、何階で呼んでいるかだけを示す原始的なものであった。



 

左・右:制御ハンドル。



 

左:半円形時計式インジケータ。
右:敷居の銘板。



 

左:籠内。八人乗りであった。
右:日本のエレベータ氏についての簡単な説明が付されていた。



 

左:展示品についての説明。1927年、大阪にあった日本エレベーター製造株式会社によって設置された「東松式昇降機」。これは北陸地方初のエレベータであり、極めて貴重なものである。
右:階段室の吹き抜けがエレベータシャフトとなる、近代建築に多いスタイルであった。オリジナルを展示品として撤去した跡も、このようにエレベータとして使用されている。



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