骨董建築写真館 伊太利紀行篇・其ノ拾壱 〜ヴェネツィアの巻・續〜
骨董建築写真館

伊太利紀行篇・其ノ拾壱 〜ヴェネツィアの巻・續〜

上三点:サン・マルコ広場、ドゥカーレ宮の柱頭装飾。いずれも微妙に違う。何パターンかあるようだ。


上:一旦ホテルに戻り、途中で買った土産物など部屋に置いて、ネットカフェでメールチェックをして、更に本格的に買い物に出る。鼻眼鏡などの購入はこれからである。これはバルトロメオ広場の楽器・CD店のショーウィンドウに飾られた、超小型パイプオルガン(ポジティフオルガン)。ちょっと欲しかったが値札がついてなかった(^_^;)


 

左:バルトロメオ広場から抜ける道。正面奥、橋を渡ったところにあるヴェネツィアンゴシックの建物がヴェネツィア唯一の百貨店である。但しローマやフィレンツェのデパートと同様、日本のデパートというより、観光客相手のファッションブティックであった。
右:歴史的建造物、旧ドイツ商館(ドイツ人商人のための会所兼ホテル兼貸事務所)を利用した、ヴェネツィア中央郵便電電局。これは陸側だから裏口になる。ルネサンス期1505年の建物で、かつてはジョルジョーネのフレスコ画でファサードが飾られていたことでも有名。


上:ドイツ商館の内部。かつては中庭だったと思われ、井戸型貯水槽もある。


上:井戸付近に立って上を見上げる。硝子天井がかけられ、壁には古風な一本針の時計があった。


 

左:内側より、大運河に面した正面玄関を見る。
右:ドイツ商館横の路地で見かけた、この旅行中会った中では一番の美少年。地元の悪戯っ子といった雰囲気だった。奥に見えるのはリアルト橋である。


 

左:リアルト橋付近の運河沿い。中央がドイツ商館。
右:これもリアルト橋近くのルネサンス建築、カメルレンギ館(大蔵省)。

 

左:街灯と、窓の草花と、鎧戸。
右:ヴェネツィアンスタイルの中庭、ちゃんと井戸もあるのだが、幼稚園の園庭になっていた。


 

左:連なって運行する観光ゴンドラ。楽士つきの豪華版だった。
右:運河に面している事務所。徒歩ではいけない。


 

左・右:買い物を済ませ、島巡りをしていた山下と合流、最後の夜なのでちょっと豪華な食事をしてみたが、高かったわりに美味しくなかった。やっぱり調べないで適当に入ったのがよくなかったのだろう。特にデザートが貧相だった。


 

左:山下がどうしても食べたがった鱸。まずくはなかったが〜、かなり高かった。僕は自分が日本人であることを意識することなんか殆どないのだが(関西人だと意識することはしょっちゅうだが)、焼魚はレモンよりも酢橘と醤油がよいと思ってしまった。
右:店の名前。


 

左:狭い路地に面した店の入口。
右:山下と再度別れ、サン・ヴィタル教会を目指す。今夜もコンサートなのだ。なお、チケットはバルトロメオホテルのレセプションで取ってくれた。ざっと地図を見ただけで、迷路のようなヴェネツィアの街を歩いて教会を探す。途中色々美しい景色に出会った。道中、ヴェネツィア名物のお洒落な文具店があったので、自分用にFQ(北夙川不可止をフランス語風に綴った時のイニシャル)のモノグラムの封印封蝋を購入。なんか非常にオネェっぽい兄ちゃんがやってる店で面白かった。僕がF.Q.のモノグラムの封印が欲しいというと、珍しいなぁといいながら探し回って出してくれたのだ。「日本人なのにQか?」と尋ねられ、北夙川不可止で普通に綴ったらKitashukugawaなのだがKが好きではないのでフランス風にQuitacucgaoiと綴るのだとか、これからバロックを聴くのだとか、結構色々話した。外国語は嫌いなはずなのに、意外と意思は通じるものである。勿論込み入った話題は無理であるがσ(^◇^;)。


 

左:実際より明るく写っているが、実はもう殆ど真っ暗になった頃、サン・ヴィタル教会に到着。手持ち撮影なのでさすがにぶれた。九時過ぎからのコンサートでまだ薄明かりがあるのだから、本当に緯度が高い。
右:内部に入る。入ったとたんに演奏が始まったので、これは休憩時間に撮影したもの。ヴィヴァルディのいた街で、ヴィヴァルディの時代に建てられたバロック様式の教会でのコンサート、モダン楽器ではあったがかなり水準は高かった。また、この日は幸いに「四季」の含まれないプログラムで、ヴィヴァルディのチェロ協奏曲、テレマンのオーボエ協奏曲、バッハのヴァイオリン協奏曲などであった。


 

左:正面祭壇に設けられたステージ。
右:玄関真上に、イタリアらしく規模の小さなパイプオルガンがある。どうも久しく使われていない様子であった。


 

左:オルガンのアップ。
右:堂内、アーチの要石部分にあったエンジェル(イタリア語ならアンジェロ)の装飾。


 

左:堂内、正面向かって左の側壁。
右:同じく右の側壁。単身廊で、シンメトリーな構成であった。


上:コンサート終了。大喝采であった。

 

左:コンサートが終わったら、もう十一時。ヴェネツィアの夜はまだまだ賑わっているが、さすがに日はすっかり落ちている。
右:そのままアカデミアのバス停からヴァポレットに乗ってもよかったのだが、さっき封印を買った文房具屋にもう一度行くことにして、元来た道を戻る。なかなか面白い店が多かった。ここはモダンアートのギャラリーである。


 

左:ゴンドラが並ぶ運河。
右:暗がりの祠。


 

左:祠の真上の壁には、聖母像のレリーフもあった。
右:あちこちに広場あり、リストランテが賑わっていた。


 

左:要所要所にライトアップされた建物があり、とても美しい。
右:オリジナル眼鏡フレームを置いているお洒落な工房。


 

左:同じ眼鏡店のショーウィンドウ。
右:これが封印を買った文具店。ステーショナリーはヴェネツィアの地場産業なので、このようなお洒落な店があちこちにある。先ほどはコンサート前で時間がなかったので、あとでもう一度是非来い、封印の試し押しをしてやる、といわれてたのだ。随分遅くまで店を開けている、商売熱心なにいちゃんであった。


 

左:壁にでかでかと「ギャングスター、ブッシュ」と落書きされていた。まさにその通りである。スペルが違っているが、イタリア人も英語は嫌いなのだろう。
右:イタリアの街はどこでも、あちこちにコンサートや美術展のポスターが貼られていて、それがまた雰囲気を高めている。これはロリス・マラッツィというイタリア人彫刻家の作品展らしい。この脳を持つ手は木彫である。


 

左:アカデミア橋の近くのパラッツォ。暗くて判りづらいが、二階の天井に見事な装飾のある部屋のみ、人気がないのに明かりが燈されていた。これも景観に配慮してのことだろう。素晴らしい。
右:アカデミアのバス停から水上バスに乗り、リアルトのホテルに戻る。

上:一旦ホテルに戻ってから、最後の夜なので山下と深夜の散歩に出かける。まずは大運河沿いに歩き、カジノのところからヴァポレットに乗って終点のローマ広場まで行った。ここは車でヴェネツィアへ入った時の終点なので、このように巨大なパーキングビルがいくつかあった。すっきり美しいモダニズムスタイルだが、恐らくファシズム時代のものだろう。時計が深夜十二時十分前だが、別に治安上の問題はない。レンタカー屋も営業していた。


 

左:ローマ広場のバスターミナル。まだ動いている路線もあるようだった。
右:典型的なモダニズムスタイル(インターナショナルスタイル)のパーキングビル。曲線のフォルムが美しい。日本だと1930年代の建物だと判断するところだが、もう少し古いかもしれない。


上:再びナイトバスに乗って、今度は一気にリド島を目指す。ローマ広場を出発して、すぐ次のバス停がこれ。ヴェネツィア駅である。これもファシズム時代っぽい建物。暗い上に船の上からなので、若干のぶれは致し方ない。


上:ナイトバスからも何枚か写真を撮ってみたのだが、やはり殆どはまともに写っていなかった。これは辛うじて見れる一枚。


上:ジュデッカ島の先端にあったわけの判らないオブジェ。やっぱり夜には点燈されるのであった。ぶれぶれの写真しかないσ(^◇^;)


上:リド島に着いて、メインストリートを一気に真っ直ぐ外洋側ビーチまで歩く。と、意外や意外、深夜なのに大音響が響いている。ビーチハウスの一階がクラブになっているのだった。砂浜に出て踊っているやつまでいた。いささか情趣に欠ける(-_-;)

 

左・右:真夜中のホテル・デ・バン。


上:同上。


上:ナイトバスに乗ってサンマルコ広場で降りる。あとはホテルまで歩くのだが、有名なため息橋が深夜もライトアップされていて妖しく美しかった。左がドゥカーレ宮殿、右が監獄である。宮殿で裁判を受けた囚人が最後にこの橋を渡って収監されると、二度と娑婆に戻れぬとため息をついたところからそう命名されたといわれる。ルネサンス様式の美しい橋の完成は、16世紀最後の年、1600年とのこと。


 

左:ドゥカーレ宮のポルティコ。
右:ドゥカーレ宮殿。こんな時間でもまだ観光客がちらほらいる。既に深夜二時頃である。


上:深夜のサン・マルコ広場。画面左、赤いのは山下である。


上:サン・マルコ大聖堂。広場全体がうっすらとライトアップされていて美しいことこの上ない。


上:サン・マルコ広場の旧政庁を臨む。このあとそのまま歩いてバルトロメオホテルに戻り、風呂に入って荷物をまとめて、一時間ほど仮眠する。


上:朝六時にはホテルにイタリア人女性ガイドさんが迎えにくる。一応英語は話せる人であった。リアルト橋の船着場から水上タクシーに乗って、今まで通ったことのない小運河を抜けてローマ広場に向かう。なかなかに楽しい。
ということで、薄明のローマ広場。ここで迎えのベンツを待つ。立っているのは山下である。


上:昨夜(といってもつい数時間前)にも見た、巨大パーキングビル。実に洗練されたモダニズムである。さらばヴェネツィア、さらばイタリア。
ベンツでマルコ・ポーロ国際空港までほんの一時間ほど。日本の地方空港のような可愛らしい空港で、またKLMに乗ってまずはスキポール国際空港を目指す。


 

左:スキポール空港の免税店で見つけた、滅茶苦茶ゲイテイストの濃いゴルチェのポスター。ここまで丸出しにせんでもσ(^◇^;)
右:スキポール空港で見つけた美少年。


上:スキポール空港の案内板。Gウィングまで徒歩20〜25分とか書いてある。滅茶苦茶巨大だった。
このあと十一時間をジャンボ機に揺られたが、隣の日本人に話しかけられたので、あまり眠らなかった。
関西空港では、山下がいきなり和食を食べたいというのでグルメ杵屋に入り、饂飩と寿司など食す。そしてエアポートリムジンで西宮に戻り、阪神電車で帰宅。すぐに爆睡した。実に楽しい、十日間の伊太利紀行は、これで無事に終了である。また行きたい、特にヴェネツィアには一度住んでみたい、そう強く思った旅であった。

第53章付録 山下氏撮影分

上:ローマについて最初の晩餐。テルミニ駅前の香港大飯店にて。伯爵の胴体と手が写っている。


上:ローマ二日目、ヴェネツィア広場にて。左端に伯爵が。


上:同日、サンタンジェロ城前にて。


 

左:大統領官邸前にて、「ここは一体どこだろう?」とガイドブックを見る伯爵。実はこのとき僕は写真を撮っていないので、クイリナーレ宮殿の写真はこれだけである。
右:見ての通り、コロッセオ前にて。


上:旅行三日目、初の移動日。アレッツォにて伯爵と通訳の藤井女史。


上:同じくアレッツォ市にて。


上:これもアレッツォ市。静かないいところであった。


上:同市の土産物屋の前で写真を撮ろうとしている伯爵。


上:アレッツォにて。イタリアでは本当にオート三輪をよく見かけたが、道のど真ん中に駐車しているのがすごい。


上:アレッツォで記念撮影。

上:フィレンツェに到着、ミケランジェロ広場にて、藤井女史撮影。山下と一緒に写ってるのはこの一枚だけ。


上:旅行四日目、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラの天辺にて。まだ高さに慣れず、手摺に近づけない時である。


上:かなり慣れて、ふざけたポーズをとる余裕が出てきた。


 

左・右:すっかり余裕綽々になった頃。面白いことに、僕はこのように徐々に高さに慣れたのだが、山下は逆に最初は平気だったのが、段々怖くなったとのこと。


上:ウフィツィ美術館からベッキオ宮殿を撮影している伯爵。


上:旅行五日目、フェラーラ大聖堂前にて、通訳の片庭女史と伯爵。


上:旅行六日目、ヴェネツィアを廻る。サン・マルコ地区の教会にて。


上:サン・マルコ広場のバス停にて。サルーテ教会が見えている。


上:同日、ブラーノ島からムラーノ島へ渡るヴァポレットにて。

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