遊廓篇W(五條樂園檢番A)



上:本編は「遊廓篇V」の続きである。よってまずは2007年3月18日撮影分より。五條楽園遊廓を北上、五条通(国道一号線)をわたると、旧遊廓エリアから出る。これは木屋町通五條上ル、鴨川に面した老舗旅館「鶴清(つるせ)」。木造三階の高楼である。遊廓の外なので、もちろん妓楼ではなく普通の旅館。



 

左:「鶴清」の細部。贅を凝らした数寄屋建築である。
右:同玄関。唐破風の庇が見事。門柱は銘木である。



上:廃業した居酒屋の古い看板。「富久宝」という日本酒、伏見の銘酒らしいが今もあるのだろうか?



 

左:木屋町通に面した超渋い喫茶店ヱルベ」。夕方には閉まってしまうので、行くなら早めがお勧め。
右:撮影当時は「ザ・リバー・オリエンタル」だった旧「鮒鶴旅館」。現在はレストラン「鮒鶴」となっている。木造五層四階という天守閣のような構造の高楼に、この写真でわかるようにスクラッチタイル張り、“ライト式”の洋館が附設されている。



上:鴨川にかかる松原大橋から見た、「鮒鶴」の雄姿。「千と千尋の神隠し」に出てくる湯屋「油屋」を髣髴とさせる巨大な数寄屋建築である。何しろ木造なのに手動エレベータまで備えている。1927年竣工との由。



上:現在は使われていない、旅館時代の門が残されている。



 

左:旧正門。
右:洋館部分。



 

左:長らく空きビルとなっていた、大正後期〜昭和一桁と思しき大伝ビルヂング。丁度この頃、中華料理店「大伝月軒」として再活用されたビルである。
右:木屋町通にある、すごい名前の旅館。まぁ多分「くにいえ」と読むのだろうが、「国家賓館」と思うとすごい。紫禁城の隣の中南海エリアにありそうだ(笑)。



上:ここから、2007年3月25日撮影分である。五条楽園歌舞練場(検番)にて、オフ会があったのだ。
既に外観の写真は前章はじめ当サイトで何度も紹介しているので、この日の写真は屋内ばかり。玄関の受付に、非常に古風なスピーカーとマイクが置かれていた。現役のようだが、いずれも三十年以上は経っているだろう年代ものである。



上:京の五花街のうちには数えられていないが、五條楽園も現役の花街であり、この歌舞練場も歌舞練場として機能している。つまり所属の芸妓たちが踊りや楽器などを学ぶ学校なのだ。



 

左・右:歌舞練場内部。木造四階の壮大な高楼だが、内部は意外と民家じみている。



 

左:大階段を三階まで上ると、舞台つきの大広間がある。
右:更に舞台裏から上への階段。



上:この大広間での宴会であった。天井扇風機がいい雰囲気。



上:天井である。照明が蛍光灯化されているのが惜しい。



上:小学校の講堂を思い出す、レトロな舞台照明。



上:遊廓マニアの男性陣と古建築ファンの女性陣という、何とも異様なオフ会であったσ(^◇^;)。



上:このように一応桟敷席もあるのだが、祇園甲部や先斗町などの歌舞練場と比べると非常にこじんまりとしている。真ん中に写ってるのはワカメ女史のようだ。



 

左:舞台袖の装置群も非常にレトロ。
右:急な階段だが手摺がいい風情。



 

左・右:大広間の外側には狭い廊下が。窓硝子が歪んだ古いもので、とてもいい感じ。サッシも勿論木の建具である。



 

左:窓外の景色にピントが合ってしまったが、鍵もこのように古風なもの。
右:五條楽園の街並みを見下ろす。



 

左:僕らの世代には非常に懐かしい、郷愁を誘う空間であった。
右:「楽園」と呼ばれた「苦界」を見下ろす。



上:舞台裏にて。



上:教室として使われているらしい屋根裏部屋。五線譜付黒板があった。



 

左:舞台袖。
右:複雑に入り組んだ造りは、旅館のようでもあった。



上:これも教室らしい。とにかく置かれている機械がことごとく古い。



上:琺瑯看板ではないが、それでもかなりいい味を出していた。



 

左:瓦斯ストーブも子供時代の学校を思い出す。
右:和服の女性が非常にマッチする建物であった。



 

左:あちこちに色々なものが置いてあって面白い。
右:舞台の照明。奥に花道も見えている。



 

左:半世紀は使われ続けてると思われる、渋すぎる舞台照明。
右:大広間の「ロビー」に当る空間。ストーブ、火鉢、座布団などが置かれている。



 

左:撮影している僕と、一緒に参加したにゃんこ女史が写っている。
右:左端、洋館の階段を思わせる手摺の下の扉は便所である。あちこちにこのような段差があり、バリアフリー的には非常に問題のある建物だが、でもそこがいいのだ。



上:トイレの入り口。勿論男女には分かれていない。他の歌舞練場と違い、女性客は想定していないのだろう。



上:大階段を見下ろすと、結構急である。



上:大広間にあった巨大な灰皿というか、煙草盆もどきというか。



上:料理は仕出弁当であった。




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