弐千七年関東下向記V

 

左:まずは2007年4月東下り時の補遺である。これは新宿区役所正面の「平和の灯」。日本で現在使用されている瓦斯灯のほぼ全てが白熱瓦斯マントル方式なので、これは街灯ではなくモニュメントではあるが、極めて珍しい、古風な裸火式の瓦斯灯として希少な存在である。
右:銀座中央通、故・越後屋ビルの最晩年の姿。小川千之助設計、東京都中央区銀座2-6-5、竣工1931年。



上:新橋地区にて。このように側面を見ると古い建物がそこそこあったのだが、それもどんどんつぶされている。



上三枚:版画家吉田稔美女史、ミュージシャン御手洗花女女史と入った、銀座の老舗洋食屋「つばめグリル」にて。砂糖が可愛い。2007年4月16日のランチであった。



 

左・右:そして奥野ビルへ。このビルの古式エレベータは既にこのサイトで何度も紹介しているが、なんと少し改造されてしまっていた。



 

左:奥野ビルの階段。人造大理石洗い出し仕上げである。
右:近くで見つけた喫茶店。ショッカーのようなマークなのに名前が可愛い。



 

左:芦屋のアンリ・シャルパンティエ洋菓子店の東京支店が入っている米井ビル。上層階は改装されてしまったが、1930年の建築である。
右:銀座ではもうここだけだろう、古風なキャバレー白いばら」。1931年創業とのこと。



 

左:品川区で見つけた選挙ポスター。松下政経塾出身者は本当の意味でカスばかりでマジでどうしようもないゴミしかいないが、それにしても「へるみ」ってまた、なんと珍奇な。
右:場所不明。スクラッチタイル張りの可愛らしいビルヂングだった。名前は「宮脇ビル」。



上二枚:市ヶ谷駅前、御茶ノ水と国鉄線路を一気に越える水道橋。古風であった。



 

上三枚:渋谷区宮益坂にある、香港チックな公団住宅。角の丸みなど、戦前のモダニズム建築のようで美しい。



上:上野駅にて見つけた、城郭型建築の広告。宗教法人のものであった。



  

左:この一枚だけ2007年11月13日の撮影。代官山にて、えらい弱気な東京都(笑)。あの極右ファシストポピュリスト都知事糞石原なら「俺に逆らうやつは処罰する」と息巻いて絶命しそうなもんだが(笑)。
中・右:東京電力下谷変電所。表現主義風の建築で、恐らくかなり古い。戦前のものだろう。ここから2007年7月13日の撮影。



上:御徒町にある松坂屋上野店の素敵な階段。バブル期に外観を見るも無惨な姿に改装されてしまってはいるが、1929年に建てられた素晴らしい近代建築なのだ。設計は勿論、鈴木禎次。松坂屋の店舗は殆ど彼の作品である。



 

左:同じく上野松坂屋本館中央階段。松坂屋を傘下に収めた大丸の奥田会長には、是非とも上野店の外観を元通りにして頂きたい。
右:ごく最近まで手動式エレベータが残っていたが、自動駆動式に改造されてしまった。ただし扉、インジケータ、籠など、全て元のままである。これは一階の煌びやかな扉と針式インジケータ。



上:一階のインジケータはこのように、針が横にスライドする方式である。



上:籠の天井にはこのように豪奢なシャンデリアが。エレベータの中とは思えないが、よく見ると換気扇を兼ねている。



上:同じくエレベータの籠内。



 

左:一階以外の階では扉、インジケータはこのようになる。
右:全円時計型インジケータのアップ。



上:7月15日、関東地方に台風が直撃したこの日、同志社の大先輩である徳富蘆花先生の旧邸、蘆花恒春園にて甲麓庵歌會第六回関東例会を開催した。



上:蘆花公園の竹林。物凄い雨だったが、風はそれほどでもなかった。



上:歌會の模様。古きよき日本家屋そのものであった。



上二枚:母屋はなんと藁葺であった。

上:歌會はこの建物で行った。



上:母屋。



上:風情があるのだが、とにかくひどい雨だった。



上:歌會の様子。縁側が広い。



 

左:ここから翌16日の撮影。孫のみぃあがいる龍丸邸から武蔵浦和駅に向かって歩いていると、電柱の広告に出くわす。なんちゅうふざけた名前の医院じゃσ(^◇^;)。
右:そして自由ヶ丘デパートへ。パブスナックポルシェの前を歩いているのは蜜柑の花女史。ということで、この日は蜜柑さんのガイドで自由ヶ丘散策だったのだ。



上:まずはハンガリー料理店「カントリー」にて午餐會。



上:リュミさんと龍丸。



上:美味しかった。



上:そして今度は甘味処へ。レトロな手動カキ氷機であった。



上:同上。機械がチラッと写っている。座っているのは柴田景子女史



上:続いて蜜柑女史行きつけのコーヒー豆屋さんにて。試飲もさせてもらったのだ。さすがに熱いので、僕もジャケットなしであった。



  

上三枚:自由ヶ丘の街並み。阪神間とわりとよく似た雰囲気で、ところどころこのような古い建物が残っている。



上:上の三枚と同じ煙草屋さん。



上:廃墟ではないのだが、かなり手入れの悪い洋館。ちょっともったいない。



上:典型的な文化住宅=洋館付数奇屋住宅。



上二枚:古い住宅を利用したお店が並んでいた。



上:最後にこれまた蜜柑女史行きつけの、夏季限定のジェラート屋さんへ。やたら食べる自由が丘散策であった(笑)。写ってるのは僕の前の携帯。



上:東急渋谷駅。著しく下品なポスターがわんさかと(ーー;)。ドラマの宣伝であった。



上:そして新宿にて。丁度都知事選の最中だったので、このような珍妙なものを見ることができた。しばらく聞いてみたが、変な踊りを踊るだけでいったい何を主張しているのか全く解らない(ーー;)。



上:これも新宿にて。あまりにもあからさまな屋号であった。



上:この得体の知れない写真は何かといえば、鎌倉大仏の胎内である。中心の窪みが要するに頭部である。京都、奈良を見慣れた我々上方人からすると鎌倉の寺社など「ふ〜ん」以上の感想など何もないのだが、奈良の大仏と違って中に入れるのは面白い。奈良の大仏と違って浄土宗であり、釈迦ではなく阿弥陀仏で、大異山高徳院清浄泉寺という寺の本尊である。



 

左:外観。大佛というほどでもなく、せいぜい中佛といったところ。
右:裏手にある裏手には与謝野晶子の歌碑。「鎌倉やみほとけなれど釈迦牟尼は美男におわす夏木立かな」とあるが、前述のように釈迦ではなく阿弥陀なので間違いということになる。



上:露座の大仏だけではなく、古いお堂もあった。



上:大仏の門前に、鎌倉で一番面白いお店、「山海堂」がある。ここで買ったお土産、くれぴに大好評であった(笑)。以上鎌倉の写真は、2007年11月10日、甲麓庵歌會第七回関東例会吟行時のもの。



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