富田林寺内町再訪



 

左・右:更に本章も2010年2月23日に重要伝統的建造物群保存地区である富田林市の旧寺内町を訪問した時の写真で構成する。この煉瓦の防火壁は平尾屋・越井家住宅のもの。



 

左・右:記憶が定かでないが、これも越井邸か?



 

左・右:こう順番に写真があるので、やはり越井邸のようだ。



 

左:越井邸のごく一部。
右:鋳物製の燕らしき飾り金具。



 

左:これは寺内町の外側になるのだが、瓦屋根にしてそれなりに気を使った団地があった。
右:これが越井家住宅の母屋。



 

左:煙草屋喜平こと「たばき橋本商店」。
さすが伝建地区だけあって、とにかく「街並み」として歴史的景観が保たれている。



 

左:寺内町から見る鉄塔とPL塔。なんとも異様な景観で面白い。
右:寺内町内もこういう建物もある。



 

左:んが、よく見るとなんと高いところに鍾馗さんが!!
右:古い土地だけあって、難読姓が多かった。これは「ようどう」さんらしい。



 

左:質舗の看板に「ヒチ」と書かれている。関西の伝統的なスタイルである。
右:昭和の香りが濃厚な「ママ美容室」と「千都来留食堂」。駅前商店街である。 



 

左:その先には学生服を売っているのに「ネザケ」という謎のお店。寺内町で「禰酒」さんを見つけたので、多分そちらのお店なのだろう。
右:「ママ美容室」のショーウィンドウ。フランス人形が泣かせる。



 

左:「ママ美容室」の一階は天津甘栗屋と、廃業したらしいレコード店「名曲堂」。すぐ近くに新興勢力らしき品のない激安美容院があるが、「ママ美容室」は健闘しているようだ。頑張れ!!
右:「フランス」という屋号の古きよき喫茶店。



 

左:寺内町をあとにし、車で移動する。「メモリアル成就」というすごい名前の葬儀屋さんがあった。死こそが人生の成就、という意味だろうか?
右:なかなか豪壮な古いお屋敷をそのまま転用したお好み焼「聚楽」は、近鉄喜志駅前である。



 

左:葬儀場進出ラッシュなのだろうか?
右:これまたすごい名前の葬儀屋さん、「安樂社」。



 

左:更に走ると、こんな看板があった。
右:拡大すると、この通り。三重県桑名市の「ギロチン工場 鬼頭商店」が名高いが、ここも同業のよう。鉄スクラップ業では「ギロチン」というものがあるのだろうが、検索したらこんなサイトまで出てきた(笑)。性格にはギロチンシャーというらしい。



 

左:近鉄古市駅前にて、藪医者発見σ(^◇^;)。もって生れた名字は仕方ないとして、「古市整形外科」と地名にするとか、考えなかったのだろうか?
右:車を停めて、歩いて散策。古市駅周辺も古い建物が散見された。



 

左:えらく美しい扉の倉庫があった。このあたりもだんじりが出るらしい。
右:古い店舗兼住宅の脇に貼られたいにしえの看板。



 

左:同じお宅。
右:町家だけでなく農家もあったのだが、なんだか洒落た雰囲気であった。



 

左・右:これぞ関西式文化住宅の見本のような姿。「松榮莊」という旧漢字の名前もいい。



 

左・右:その隣りは「壽楽荘」であった。「寿楽荘」でも「壽樂莊」でもないところが面白い。



 

左:「壽楽荘」の行動物干しは木製であった。
右:古市駅は近鉄南大阪本線と長野線とが分岐する要衝だが、その分岐ポイント、両線に挟まれる形で不思議な空き地があった。近鉄の所有地らしいが誰でも通れる。



 

左:この線路は南大阪線。線路がないところ、空き地の奥に踏切や架線がある。
右:同じく。近鉄の研修施設なのだろうか?



 

左・右:このように、元から線路があったようにも思えない上、線路を引くことにも殆ど意味のないところ(南大阪本線と長野線の渡り線ということになるが、そんなの需要の面から見て必要ない)なので、研修用としか思えないのだ。



 

左:近鉄の敷地の外れを川が流れていた。あまり綺麗ではないが、鷺がいた。
右:川を渡り、ちょっと高台に登って広場を振り返る。長野線側の留置線に電車が停まっていた。



 

左:近鉄長野線を渡る国道170号線旧道の古い地代位置跨線橋。戦前のものであった。歩道は後付。



 

左:伝統様式で建てられた天理教の教会。
右:昭和初期と思しき数奇屋風住宅。やはりこの辺りも「私鉄沿線」の「郊外住宅地」として発展しているのだ。



 

左:「まさゆめさかゆめ」というけったいな名前の店があった。
右:美容院にコギ犬がいた。



 

左・右:「餃子の王将」のすぐ近くにあったこのお店、既に廃業していた。



 

左:昭和の香漂う市場だが、残念ながらあまりお店が開いていなかった。
右:古市駅すぐのところの路地にあった昭和戦前期と思しき洋風住宅。素敵だった。



 

左・右:門までのアプローチもいい感じだし、門柱はスクラッチタイル張りだった。



 

左・右:なんと、古市駅のホームからすぐのところに、駐輪場と化した古い映画館「古栄座」があった!! 多分「こさかざ」と読むのだろう。



 

左:看板は木製であった。
右:側面。



 

左:同上。
右:これまた昭和戦後期の趣き深いアパート。



 

左:これも古いアパート。
右:二階の便所からの太い土管が剥き出しになっている。勿論汲取便所である。



 

左:庇がかなり撓んでいる。窓は勿論木製建具。
右:駅のホームに沿った狭い路地に面しているので、正面ファサードを撮影するのは大変。



 

左:正面玄関脇にはなぜか犬小屋と犬の壁画が。
右:中を覗くとこんな感じ。



 

左:玄関入ってすぐの階段。
右:少し退いて、ブロック塀越しに撮影。



 

左:正面ファサード全景。一部は駐輪場となっていた。
右:古市駅でヒロポン、rjuka君と別れ、近鉄南大阪本線の準急で大阪阿部野橋に出た。これはJR天王寺駅にかかる跨線橋。明らかに戦前のもの、相当に古い。



 

左・右:あまり知られていないのか車はあまり通らないが、あくまで公道である。



 

左:跨線橋から天王寺駅を見る。かつて二つの私鉄の別々の駅だったのが国有化され一つの「天王寺駅」となったので、実に複雑な構造である。
右:南から北に跨線橋を渡ると、南側では地表だったのに北ではかなりの勾配を降りることになる。上町大地の外れなので、起伏があるのだ。両側が線路になっているのが判る。ここはまだ天王寺駅のど真ん中で、かつてはこの左右がそれぞれ別会社だったわけだ。



 

左:坂を下ると遠回りになるので、人間用の地下通路もある。
それを抜けて、ようやく天王寺駅の北側に出る。221系電車は和歌山方面行快速だろう。



 

左:地下道の出口。
右:出てすぐにある古い倉庫。



 

左:正面はこんな感じ。
右:国有地が売りに出されていた。



 

左:天王寺区は平坦な大阪市内にあっては最も起伏が激しい。坂の途中に非常にモダンな文化住宅があった。
右:同じ文化住宅。



 

左:階段はこんな状態なので、二階にはもう住人がいないのかも。
右:一階は人が住んでいる。



 

左:一階廊下。
右:このように、石貼りのモダンなファサードを持っていた。



 

左:古い倉庫をお洒落気に使っているカフェ。
右:路地裏で見つけた、モダンな玄関。戦後物件とは思うが、細い縦長窓二つと、郵便受のつくりが実にいい。



 

左・右:相当暗くなってきた。これは四天王寺。



上:この日撮った最後の写真。奥に三階のある民家であった。



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