左:伯爵の元の勤務先、ホテル阪神の周辺、福島区は古い街並みがよく残っていて、昼休みにそこを散策するのが結構な楽しみであった。これは上方にあって珍しく江戸前鰻(つまり背開きにして焼く前に蒸す)の老舗、「菱東」である。
右:日本基督教団大阪福島教会はメソヂスト系の教会。1926年竣工、ウィリアム・ヴォーリズの設計だけあって美しいゴシック様式である。
左:正面ファサード上部。
右:正面玄関。煉瓦の門柱と塀も戦前のものかもしれない。
左:2003年秋の実に無粋な改装によりなくなってしまった、阪急百貨店梅田本店のアンティークエレベーターを地下一階にて撮影。アール・デコ調の梁と実に美しくマッチしていた。これをなくしてしまった一点だけでも、かつての超一流優良企業が倒産寸前のポンコツ企業に零落してしまった事実が歴然である。まともな人材が責任ある地位に一人もいないからこういうことになるのだ。小林公平という無能愚劣な人物が創業者の娘婿だということだけで絶対権力を握っていた結果である。世襲制が如何に有害無益かということの代表例の一つであろう。
右:同じエレベーター。これは八階にて。詳細⇒<増補>
上:2002年9月で廃止になってしまった、阪急百貨店梅田本店の大食堂。創業当時の天井装飾やステンドグラスが残り、実に美しい空間であった。世界初のターミナルデパートであるここの食堂は、「デパートの大食堂」の元祖でもあった。歴史の価値を解さない無能な現経営陣には、まさに豚に真珠である。
上:同じく大食堂。
上:大食堂の外窓上部には、船を思わせる円形のステンドグラスが用いられていた。アール・デコ調である。
●以上このページの写真は、2002年の撮影である。
左・右:三井住友銀行大阪本店脇玄関にあるガーゴイル。ちょっと飄逸な表情をしている。ただの飾りではなく、水が出るのか? 参照⇒<増補> (撮影年不明、おそらく2002年)
左:地下鉄中崎町駅近く、大阪市立済美小学校の隣にある、おそらく戦前のものであろう木造下見板張りの倉庫。(撮影は2003年春頃)
右:桜ノ宮に花見に行ったときの写真。大川を行く屋形船である。左の端は源八橋。(2002年の花見の季節)
左:河原に住んでいる人の家。無論不法占有だが、昨今のビニールハウスやダンボールハウスよりはるかに本格的で、かつ年季が入っている。
右:大川(旧淀川)は今でも実際の水運に使われている。これはJR環状線の鉄橋をくぐり下ってきた貨物船。
左:JR桜ノ宮駅の近くに、古い橋台が残っていた。大正時代ぐらいのものか?
右:花見の風景。実はもう殆ど散っていた(^_^;)
左:国道一号線(曽根崎通)にかかる桜ノ宮大橋(通称銀橋)の階段塔。つまり、河原の公園から道路へ登るための階段である。
右:源八橋西詰北側に残る洋館風長屋建築。左端に写っているのは一緒にお花見に行った真一少年である。
左:源八橋西詰南側にも同じような建物が残っている。
右:同じ2002年4月、同じ桜ノ宮の花見であるが、これは染井吉野が散ったあと、財務省造幣局の“通り抜け”の櫻である。うしろに写っている赤煉瓦の美しい建物は造幣博物館(設計:河合浩蔵、明治44年)である。
左:2002年の通り抜けの夜桜をもう一枚。
右:伯爵の当時の勤め先、ホテル阪神のすぐ近くにある猫小屋。常時猫が数匹飼われていてとても可愛い(^_-)-☆ (2002年撮影)
左:阪神百貨店梅田本店も実は、地下五階から地上三階までは戦前に建てられた近代建築である。建設途中で戦争が激しくなったため、三階までで建設がストップしていたのだ。既に時代的に様式主義ではなくモダニズムスタイルで設計されていたわけだが、それでも細部を見て回ると戦前の建築の香りが漂ってくる。これは地下一階、阪神梅田駅に通じる大階段の壁面の装飾である。
右:古いビルの大理石には、大抵の場合このように化石が含まれている。これはアンモナイトであろう。
左:阪神百貨店一階、吹き抜けの大ドームから地下二階の阪神梅田駅へ降りる大階段の降り口。(以上阪神百貨店はおそらく2003年春の撮影)
右:あらかた解体され、新しいビルの一部として残される予定の商都大阪のシンボル、大阪証券取引所本館。←の文字をクリックしたら新ビルのホームページにつながる。完成予想図によると、旧本館の外壁はかなり復元される様相。まぁ、完全に破壊されるよりはかなりましではある。外壁保存、部分保存は東京銀行協会、神戸地方裁判所はじめひどい失敗例が多いので、お手並み拝見ではあるが。(住所:大阪市中央区北浜 設計:長谷部竹腰建築事務所 施工:大林組 竣工:1935 撮影は2003年)
左:おそらく戦前物件だと思われる、土佐堀川と東横堀川の分留点に経つモダニズムスタイルの福原ビル。奥に見えている辻学園の建物も旧大林組本社ビル、ゴシック様式の近代建築である。
右:また福島区に戻る。聖天通商店街のワンダス寫眞舘。非常に洒落た建物だが、残念ながら廃業して久しい様子。
左:ワンダス写真館全景。
右:夜間の撮影なので外観の写真が少ないが、登録有形文化財になった大阪倶楽部である。クラブといっても北新地や祇園や銀座にある非常に高級な飲み屋ではなく、かといって庶民の若者が大衆音楽にあわせて踊るところでもない、本式の倶楽部、つまり英国式の会員制社交施設である。設計は安井武雄、1924年(大正13)の作品で、ロマネスクを基調に東洋風な装飾が散りばめられた傑作である。伯爵と風太は毎月必ずコレギウム・ムジクム・テレマンのマンスリー・コンサートのために訪れている。
左:玄関入って正面、鬼面の噴水が出迎えてくれる。
右:大階段の吹き抜けを四階から見下ろす。一階床、大理石の市松模様が見えている。
左:バリアフリー対応の改修がなされ、このトイレはもう残っていないのだが、タイルの壁に琺瑯のカランがついていた。
右:肉厚な洗面台も今はない。おそらく舶来品であろう。
左:男性用朝顔も非常に背の高いものであった。どう考えても欧米人サイズである。大正期の日本人にはかなり大き過ぎたのではなかろうか?
中:真鍮の電気スヰツチはピカピカに磨かれている。
右:各室の表札は金文字で書かれている。
左:重厚な扉。札には「エレベーター」と書いてある。
右:メイン階段。手摺の細工の細かさに注目。
左:大階段の大窓。この建物で唯一のステンドグラスで彩られている。
右:四階大ホールの美麗極まりない天井装飾。
上:同じく四階大広間。コレギウム・ムジクム・テレマンのマンスリーコンサートの休憩時間で、チェンバロの調律中である。中央の楽器はポジティブパイプオルガン。
左:大阪倶楽部四階大広間天井装飾細部。
右:阪急梅田駅コンコースの年末イルミネーション。2002年である。
左:同じく2002年のクリスマスシーズン。ハービス大阪前のオブジェにも、クリスマスの飾りつけが行われていた。
右:毎年クリスマスイブの深夜礼拝に参列している、日本聖公会大阪主教座カテドラル川口基督教会のパイプオルガン。2002年のクリスマスイブに撮影。参照⇒<増補>
左:オルガン全景。後部のクワイアギャラリーではなく、祭壇脇に設置されている。
右:イルミネーション輝く鐘楼。
●以上、主に二千二年の写真で構成。